雪街音楽メモ

聴いた音楽、気になった音楽、音楽の話題など、音楽のある日常を書きました。

宝塚歌劇団宙組公演『相続人の肖像』。首の差の、恋の勝負。華やかでダークで皮肉な洒落がきいている。

galanthus2015-10-20

ずんバウ*1フィナーレでまず、恋に負けた男に「ポル・ウナ・カベーサ」を踊らせるのなんてもう最高です。
—愛の始まりに心震わせる若く幸福な二人で芝居が終わった後、いったん幕がおりる。次に幕が開いたらフィナーレで、さっき芝居で恋の勝負に負けて退場した男がおもむろに、負け男の歌Por una cabeza(ポル・ウナ・カベーサ)で男役を引き連れてタンゴを格好良く踊る。趣向面白すぎ。

宙組公演 『相続人の肖像』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

10月18日、500人強の小さなホールで若手中心に少人数で演ずる宝塚バウホール公演を観劇。桜木みなと(95期生、2009年入団)主演の『相続人の肖像』。

亡き父の不実の愛と、遺産相続を巡る騒動を背景に、貴族の青年の成長をユーモラスに描く。
20世紀初頭のイングランド。伯爵家の跡取りであるチャーリーは、母の死後間もなく、愛人を後妻に迎えた父ジョージと決別状態にあった。やがて父の訃報を受け、居城であるバーリントン・ハウスを相続することとなったチャーリー。だがジョージの遺言により、邸以外の財産はすべて後妻のヴァネッサと、彼女の連れ子であるイザベルに譲られることが約束されていた。邸を維持する為、今後莫大な費用が必要となるチャーリーは、父と同様“持参金目当ての結婚”を迫られるが……

『相続人の肖像』公演解説

ちょっと没落しかけのイギリス貴族、ダラム伯爵家の跡取り息子チャーリーが主人公。
父親ジョージが死んで、通っていたオックスフォードからなぜか退学になり—そもそも、寄宿学校で落ちこぼれだったのにオックスフォードに入れたこと自体が裏口入学であったようだ—、父親の遺言で後妻とその連れ子である娘(義理の妹)と一緒に暮らすようにと言われて帰ってきた。父親と確執があってずっと帰ってきてなかった屋敷に。

父ジョージは若き日、伯爵家の土地屋敷を維持するために、本当に愛していた人との結婚を祖母(父にとっては母)に許されず、金目当てで愛のない結婚をする。その結婚相手がチャーリーの母親だ。家族に愛情をもてない父親は母親や子供に冷たくあたり愛のない家庭生活を送る。やがて母親は死に、子のチャーリーは父を恨んで家を出たのだった。

いっぽうで父ジョージとの結婚を反対された恋人は別の男性と結婚するが死に別れ、娘を連れて母子二人の生活に困っていたところを父ジョージが生活の援助をし、チャーリーの母が死んだのち、後妻として母子を屋敷に迎え入れた。が、祖母はいまだその後妻と連れ子を伯爵家の一員とは認めていない。

とか、喪中なのに財産目当ての結婚を画策すべくパーティー開いたり、彼ら貴族ってやだなあみたいな人でなしだし(ダウントン・アビーの雰囲気でもあるらしい)、新興貴族は金を持っていて華やか、そんな彼らを下に見る古いけれども財産無しの伯爵家……そんなどこか退廃した貴族生活において、愛を知らずにいたおぼっちゃまがついに愛を知るに至る話である。義理の妹イザベルをめぐる恋愛のライバルである、チャーリーのまたいとこにして子爵家の跡取り息子ハロルドは彼のほうが少し先にイザベルを好きになっていて猛烈アプローチをしているのには結果、チャーリーに出し抜かれてしまって恋愛の勝負に後から来たチャーリーに差されて負けてしまうのだね—ハロルドに対し、イザベルは恋愛感情を持てないでいる。イザベルもまた恋愛とはどんなものかわからず、恋に恋している状態なのだ。でもイザベルはチャーリーと出会って、喧嘩して、踊って気持ちが通じ合い、相思相愛になってしまう。たぶん愛に飢えている者同士なんだろうなあ—。ハロルドはイザベルにプロポーズまでしたのに、イザベルの気持ちが成熟して恋愛感情を持つまで待つつもりですらあったのに。まさに首の差で恋愛の勝負に負けたハロルドくんは芝居から格好よく退場……しかし

恋に負けた男に「ポル・ウナ・カベーサ」を踊らせる

芝居が終わった後いったん幕をおろしてまた幕をあげる、という形で始まるフィナーレ。幕があがると真ん中にハロルドが立っており、激しいアレンジのPor una cabeza(ポル・ウナ・カベーサ)でタンゴを踊りはじめたのには心底笑えてしまった。
ポル・ウナ・カベーサ、邦題「首の差で」、は、競馬用語になぞらえて、恋の駆け引き、恋の勝負に首の差で負けた男の歌である。ゴール前で後ろから来た馬に見事差されてしまったのである。そんな曲でもってハロルドくんがにこりともせず(ハロルド役はダンスが上手い蒼羽りくさん)素晴らしく格好良く美しくキレの良いタンゴを踊る。踊っている最中、ひたすら真顔なのが洒落すぎていて逆に最高に面白い。このシチュエーションのこの曲でその真面目くさった顔。この芝居が結果として「コメディー」だったんだなあとはっきりする場面でもあった。

少人数の公演ながら若手を中心にそれぞれ見せ場があり、貴族の挙措の美しさとともに垣間見せる高慢、使用人たちの生き生きとした庶民的なダンス(アイリッシュ・ダンス風)を見せて気取った貴族のダンスと対比させたり、華やかでダークで皮肉な洒落がきいた良いお芝居だった。遠路、観に行って良かった。

10月24日追記

相続人の肖像

作品の造形としては、ストック・キャラクター、ストック・シチュエーションを使った、コンメディア・デッラルテ的だとやはり思えます。

時代の変わり目でのイギリス旧貴族の相続騒動、極端なくらいに典型的な人物、状況を出す。ストックキャラクター等を使うことにより観客は登場人物個人個人特有の内面やアイデンティティなどを考える必要はあまりなくて、むしろ、劇で描かれている状況や時代・社会そのものや、人物の動き、演技を楽しむことに注力できる。
そんな、コメディ。
(追記ここまで)

ポル・ウナ・カベーサ(ポル・ウナ・カベサ)について

Por una cabeza 「首の差で」。タンゴの名曲。

作曲者カルロス・ガルデルが歌うオリジナル

1935年、ガルデル主演映画『タンゴ・バー』劇中歌。



映画などでも多く使われている

上記の編曲が入っているCD
Tango Project

美しかった宝塚の空、空気、水……

この日は宝塚は快晴でした。空が高くて空気も武庫川の水も澄んでいて、呼吸がなんだかとても楽でした。

*1:桜木みなとさんの愛称が『ずん』